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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5543号 判決 1956年9月29日

原告 神山三郎

被告 竹下春吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として「被告は原告に対し、東京都豊島区池袋一丁目八百十二番の三所在宅地六十九坪五合三勺(換地予定地)の内東南隅三坪五合八勺をその地上に存する木造木皮葺中二階建家屋一棟建坪三坪外中二階約二坪を収去して明渡し、かつ昭和二十六年三月十五日以降右土地明渡済に至るまで一ケ月金七十一円六十銭の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「原告は東京都豊島区池袋一丁目八百十二番の三宅地十五坪九合七勺及び同都同区日出町三丁目十番の五十一宅地百坪の所有者であるところ、附近一帯に亘り特別都市計画法に基く土地区画整理が施行され、その結果原告の右所有宅地合計百十五坪九合七勺に対して換地予定地として請求の趣旨記載の宅地六十九坪五合三勺が指定され、東京都知事より原告に対し昭和二五年八月二十三日附を以てその旨の通知があつたので、原告は右通知の翌日以降前記換地予定地上に所有権と同一内容の使用収益権能を取得するに至つた。しかるに被告は原告に対抗し得る何等の権原なきにかゝわらず、右換地予定地の東南隅三坪五合八勺(以下本件土地という)の地上に請求の趣旨記載の建物(以下本件建物という)を建築所有し、昭和二十六年三月十五日以降本件土地を不法に占有して原告の右使用収益権を侵害し、以て原告に対し相当賃料額に該る損害を加えつゝあるものであり、相当賃料額は公定賃料額を以て妥当と解すべきところ、本件三坪五合八勺の土地の当時の公定賃料額は一ケ月金七十一円六十銭であるから、原告は被告に対し右換地予定地上の使用収益権に基き、本件建物を収去してその敷地たる本件土地の明渡をなすべきことを求めるとともに、右使用収益権の侵害に対する損害賠償として昭和二十六年三月十五日以降本件土地明渡済に至るまで一ケ月金七十一円六十銭の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」

と陳述し、被告の抗弁に対する答弁並びに再抗弁として

「被告主張の日にその主張の土地につき訴外恩田峯次郎と被告との間に、期間の点を除き被告主張のような賃貸借契約が成立し、その後被告主張のような経緯を経て右土地につき借地権の一部譲渡並びに所有権の譲渡が行われ、原告が被告の借地権を承認して前主訴外恩田峯次郎の賃貸人としての地位を承継したことはこれを認めるが、右賃貸借契約は土地区画整理施行までを条件とする一時使用のため賃貸借として締結せられたものであつて、決して期間を二十年と定めたものではないから、被告の右借地権は前記区画整理の施行により、少くとも昭和二十五年八月二十三日附東京都知事の換地予定地の指定がなされた時において消滅に帰したものといわなければならない。

仮にしからずとするも、訴外恩田峯次郎と被告との間の前記賃貸借契約の締結に当つては、土地区画整理施行の場合には賃貸人において当然契約を解除し得る旨の解除権留保の特約がなされていたので、原告は前主恩田の承継人として右特約に基き、被告に対し昭和二十六年二月十二日附翌十三日到達の内容証明郵便による書面を以て被告との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしているから被告の前記借地権はこゝに消滅するに至つたものというべきである。

仮にしからずとするも、被告は前記賃貸借契約の締結後に賃貸人たる訴外恩田峯次郎に対し、土地区画整理施行の際には必ず借地を明渡すべく、換地に対して何等の権利をも主張しない旨を約定しており、原告は前主恩田より右の合意関係を承継したものであるが、被告はさらに原告に対しても右の約定を再確認し、原告との間に重ねて同様の合意をなしているものであるから、被告の前記借地権は右合意の効果として本件区画整理の施行の結果消滅に至つたものといわなければならない。

仮にしからずとするも、被告は昭和二十五年十二月末頃前記借地権をその地上建物とともに原告に無断で訴外望月元由に譲渡したので、原告は被告に対し昭和二十六年二月十二日附翌十三日到達の前記内容証明郵便による書面を以て前示解除権留保約款に基く解除権の行使と同時に右借地権の無断譲渡を理由に被告との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたから、こゝに被告の前記借地権は消滅に帰したものといわなければならない。

如上の次第で被告の従前の土地に対する借地権が既に消滅した以上、被告はもはやその換地予定地に何等の権能をも持ち得ないことはいうまでもないが、仮に被告の従前の土地に対する借地権が消滅していないとしても、原告が換地予定地として指定を受けた本件宅地六十九坪五合三勺については、全く使用範囲の区分の指定がなされておらず、従つて被告の旧借地五坪九合七勺に対する換地予定地が右宅地六十九坪五合三勺内の如何なる部分に存するか不明であるにかゝわらず、被告は原告の承諾もなく、また東京都知事の指定も受けずに、ほしいまゝに本件土地三坪五合八勺の部分を占有したものであるからその占有は不法である。」

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁並びに抗弁として

「原告主張の十五坪九合七勺及び百坪の二筆の宅地が原告の所有であること、土地区画整理施行の結果原告の右所有宅地合計百十五坪九合七勺に対し換地予定地として原告主張の宅地六十九坪五合三勺が指定され、東京都知事より原告に対し昭和二十五年八月二十三日附を以てその旨の通知がなされたこと、被告が右換地予定地の内その東南隅の本件土地の部分に本件建物を建築所有し、昭和二十六年三月十五日以降本件土地を占有していること及び本件土地の当時の公定賃料額が原告主張のとおりであることはいずれもこれを認めるが、被告は左記の如く正権原に基いて本件土地を占有しているものであるから、その占有は不法占有ではない。すなわち、被告は昭和二十年十二月十二日訴外恩田峯次郎より当時同人所有に係る原告主張の前記十五坪九合七勺の宅地を建物所有の目的で賃料一ケ月金二十四円七十五銭、毎月二十八日限りその月分支払、期間向う二十年と定めて賃借し、昭和二十一年六月中その内十坪の借地権をその地上建物とともに訴外城北物産株式会社に譲渡し、同訴外会社はさらに同年十二月中その借地権を地上建物とともに原告に譲渡したため爾来右十五坪九合七勺の土地については内十坪に対する原告の借地権と残地五坪九合七勺に対する被告の借地権とが並存してきたところ、原告は昭和二十二年十一月二十九日所有者訴外恩田峯次郎より右十五坪九合七勺の土地の所有権を譲受けるに至つたが、その際原告は被告の右借地権を承認し、前主恩田峯次郎の被告に対する賃貸人としての地位を承継したものであるから、被告は原告に対し、前記換地予定地六十九坪五合三勺の内被告の前記借地五坪九合七勺に代る土地として東京都知事から指定された本件三坪五合八勺の土地につき前記借地に対して有していた賃借権と同一内容の使用収益権を対抗し得るからである。」

と述べ、原告の再抗弁に対し

「原告主張の再抗弁事実中、原告より被告に対し原告主張の如き内容証明郵便による賃貸借契約解除の意思表示のあつたことはこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。もつとも被告において訴外望月元由より原告主張の頃被告の前記借地権につき、その換地を含め換地後借地面積十坪となるよう原告から借地権の設定を得られる場合には被告の右借地権を譲渡せられたい旨の申入を受けて、これを承諾し、借地権譲渡の予約をしたことはあるが、右訴外人において原告よりその希望申入を拒絶されたため、結局右予約は実現を見ずに終つているものであつて、従つて被告は右訴外人に借地権を譲渡してはいない。また、被告が本件三坪五合八勺の地上に本件建物を建築したのは、東京都知事の移転命令により旧借地上に存した所有建物を特別移築の方式によつて移築したまでであり、移転先は東京都戦災復興建設局所管の第四復興区画整理事務所第十地区出張所の査定指示により本件土地三坪五合八勺と定められていたものであるから、被告の本件土地の占有には何等不法はない。」

と答えた。<立証省略>

理由

東京都豊島区池袋一丁目八百十二番の三宅地十五坪九合七勺及び同都同区日出町三丁目十番の五十一宅地百坪が原告の所有に属すること、土地区画整理施行の結果原告の右所有地合計百十五坪九合七勺に対し換地予定地として同都同区池袋一丁目八百十二番の三所在宅地六十九坪五合三勺が指定され、東京都知事より原告に対し昭和二十五年八月二十三日附を以てその旨の通知がなされたこと、被告が右換地予定地の内その東南隅の本件土地の部分に本件建物を建築所有し、昭和二十六年三月十五日以降本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

よつて次に果して被告に本件土地の占有につきその主張の如き正権原ありや否やの点について按ずるに、まず昭和二十年十二月十二日前記十五坪九合七勺の宅地につき当時の所有者であつた訴外恩田峯次郎と被告との間に、期間の点を除き被告主張のような賃貸借契約が成立し、その後被告主張のような経緯を経て右土地につき借地権の一部譲渡並びに所有権の譲渡が行われ、結局原告は右土地の新所有者としてその内五坪九合七勺の部分に残存する被告の借地権を承認し、前主訴外恩田峯次郎の被告に対する賃貸人としての地位を承継したことは当事者間に争なく、各成立に争のない甲第四号証、乙第八号証、同第十一乃至第十三号証及び被告本人尋問の結果を綜合すれば前記賃貸借の期間は二十年と定められたものであることを認めるに足る。もつとも成立に争のない甲第十二号証の二及び証人田島たかの証言(第一、二回)中には「前記十五坪九合七勺の土地は訴外恩田峯次郎より区画整理施行までと限つて被告に賃貸されたものであり、従つて土地賃貸借証書(甲第四号証)中にもその旨を明記すべきであつたが、当時地主側としては罹災跡に復帰しつゝあつた他の借地権者等の関係を整理する必要があり、そのため同一様式の契約書用紙を多数用意し、それには一律に契約期間を二十年と定めてあつたところ、他の借地権者等との関係が紛糾していたため遂とりまぎれ、本件の場合も、うつかり同一用紙を用いて契約書を作成した結果、賃貸借期間二十年の記載をそのまゝ止めるに至つたものであるけれども、期間を区画整理施行までと限る口頭約束は確かにあつた。」旨の記載または供述が存するが、証人望月一郎の証言によれば前記甲第四号証の土地賃貸借証書は、永年恩田峯次郎の土地差配をしてきた訴外望月一郎において文案を作成したことが明かであり、永年に亘り差配として土地管理に専念し経験の豊かな者が、賃貸借の重大要素殊に本件にあつてはその最大眼目たる期間の点について軽々に誤りを犯したとは容易に信じ得ず、またいずれも恩田峯次郎の署名捺印ある前記乙第十二号証(土地所有権申告書)及び同第十三号証(権利申告書)中に被告の借地権の存続期間二十年の記載の存する点に徴すれば前記甲第十二号証の二及び証人田島たかの証言(第一、二回)中に存する記載または供述部分は措信し難く、他に右認定を覆して期間は区画整理施行までとの原告の主張事実を肯認するに足る証拠はない。

よつて進んで原告の再抗弁について按ずるに、まず原告は解除権留保約款に基く解除権の行使を主張し、前記甲第四号証の土地賃貸借証書中には「土地ガ都区改正又ハ公用徴収其他止ムヲ得サル事由ニ依リ土地物件取払ヲ要スル事明トナリタル時ハ本契約を解除スル事」なる特約条項の記載が存し、証人田島たか(第一、二回)はこゝにいう都区改正とは土地区画整理の施行を指す旨言明しているが、一体土地区画整理に当つては換地が交付されるのが原則であり、換地は従前の土地と法律上同視され、従前の土地に存する権利関係はそのまゝ換地に移行し、かつ換地確定前でも従前の土地に対する権利者はその権利の内容と同一の使用収益権を換地予定地上に行使し得るものであつて、従前の土地に存する建物は移転命令を受けた場合換地予定地上に移築することができる建前になつているから建物移築の可能性の有無にかかわりなく、換地予定地の指定を条件として無条件に賃貸借契約を解除するというが如きは、一方において二十年の借地期間を定めた契約の趣旨と矛盾し、契約当事者殊に借地人の合理的意思にそぐわず、従つて前記特約条項の意は換地または換地予定地上への建物移築の不能その他借地人が借地の目的を達し得ないような場合に限つて従前の賃貸借契約を解除する趣旨と解するのを妥当とする。しからば区画整理の施行を理由に無条件になされた原告の前記解除権の行使は既にこの点において失当たるを免れない。

次に原告は、被告との間には区画整理の施行を条件として前記賃貸借契約を解除するとの合意があつた旨主張し、成立に争のない甲第十二号証の二及び証人田島たか(第一、二回)、同望月一郎、同神山ヨリの各証言中にはそれぞれ原告の右主張に副うような記載または供述が存するが、これらの記載または供述は、成立に争のない乙第八号証の二、被告本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば、到底その表現どおりの心証を形成せしめることは難く、僅かに訴外田島たかが地主訴外恩田峯次郎の代理人として、また原告にその所有権が移転した後は原告の代理人として訴外望月一郎等とともに前後数回に亘り被告に対し借地の買取乃至は明渡の交渉をしたことを認め得るに止まり、前記乙第八号証の二及び被告本人尋問の結果によれば、被告においては原告側よりの右の如き交渉申入に対してはこれに応せず、原告主張の如き区画整理の施行を条件とする賃貸借契約解除の合意はしたことがないことを認めるに足る。もつとも被告が原告側より借地買取の交渉を受けた際「六坪ばかりでは換地が出来ないからそんなものは買つても仕様がない。」旨の返答をしていることは被告本人の供述に徴し明かであるが、右の返答から安易に賃貸借契約解除の合意乃至は借地権の放棄を即断することは早計のそしりを免れず、また成立に争のない甲第十号証も証人田島たか(第一回)の証言によれば同人が被告方に明渡の交渉に赴いた際被告より交付されたものであることが明かであるが、さればといつてその記載内容から直ちにこれを採つて賃貸借契約解除の合意の裏打ちとすることはいさゝか論理の飛躍たるを免れず、証人及川邦一及び同望月元由の各証言によつて認め得る、発展途上にある池袋駅界隈の地価相場を考慮するならば僅少の土地の借地権といえども権利者としてはこれに執着をもつのは人情の常であるといゝ得るから、原告主張の前記賃貸借契約解除の合意の成立は到底これを肯認し得ない。

次に原告は被告の借地権無断譲渡を理由として前記賃貸借契約を解除した旨主張するが成立に争のない乙第七、八号証の各二及び証人望月元由の証言を綜合すれば、昭和二十五年十二月末頃被告は訴外望月元由より被告の前記借地五坪九合七勺につき、その換地を含め換地後借地面積十坪となるよう原告から借地権の設定を得られる場合には被告の右借地権を地上建物とともに譲渡せられたい旨の申入を受けてこれを承諾し、借地権譲渡の予約をなしたが、右訴外人において原告よりその希望申入を拒絶されたため結局右予約は実現を見ずに終つたことを認めるに足り、他に右認定を左右すべき何等の証拠なく、賃借権譲渡の予約をなした程度を以ては未だ民法第六百十二条に所謂賃借権の無断譲渡ありというに足りないから、原告の本主張もこれを採用し得ない。

以上の次第で被告は前記五坪九合七勺の地上に借地権を有していたものであり、被告の借地が過小地として金銭補償によつて処理されたと認むべき形跡はないから、右借地を含む前記十五坪九合七勺の土地に対して換地予定地が附与せられた以上、被告は当然右換地予定地内の一部に対し所定の換地比率(本件の場合は証人及川邦一の証言によれば換地の減歩割合は四割強)に従つて従前の借地上に有した借地権と同一内容の使用収益権を行使し得るものというべくこの点について原告は本件換地予定地六十九坪五合三勺は一括指定を受けたもので、使用範囲の区分の指定はなされていないから、被告の使用区分は不明である旨争うが、成立に争のない甲第一号証の一、四及び証人及川邦一、同平山時雨郎(第一、二回)の各証言を綜合すれば、本件換地予定地指定通知書添付の換地予定地指定図にはなるほど借地権等に関する区分指定は表示されていないが、実際には東京都戦災復興建設局所管の第四復興区画整理事務所第十地区出張所長及川邦一が権限に基き被告の前記借地に対する換地予定地として本件土地の坪数と位置とを内示して指定し、被告の前記借地上にあつた被告所有の建物を本件土地上に移転せしむべき旨の行政代執行命令を発布していることを認めることができるから、本件土地は被告の前記借地に対する換地予定地として特定されていたものというに妨げない。

如上説示のとおりとすれば被告の本件土地の占有は原告に対抗し得る正権原に基くものというべきであるから、爾余の判断をなすまでもなく、原告の請求はすべて失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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